今日のわしはロハス全開!
ロハスな格好でファーマーズマーケットに。
けどコスプレと間違われて写真撮られそうに・・・。
**3月3日**
いざワイナピチュへ!
このマチュピチュな村でそれナシで過ごすにも程がある。
と、最終日にワイナピチュ登山を覚悟。
ワイナピチュとは、ケチュア語で『若い峰』という意味の山。
反してマチュピチュは『老いた峰』
隣同士にあり、ここからだと天空の城マチュピチュ全景が見られる。
特別な装備とか必要ナイ山だとは思います。
だいたいわしが入れるんだから・・・。
やるとなったら登頂せねば(目標は常に低く。)
だって、マチュピチュ遺跡内に入山口あるからまた70ドルくらいかかるし。
(全くボリすぎだ!)
ということで、連日雨だったのを晴れにしてもらおうと、
日本のまじない、テルテル坊主を設置。

朝なんと5時半に出発!
あまりの緊張の為、アラームなる前に目覚めてしまう。
バスに乗る時、いろんなモノを売っている。
昼の為にサンドイッチを購入。備えあれば憂いなしだ!
が、早くもバスの中で食べてしまう・・・。
2人の使途
マチュピチュに入るとすぐ、日本人の男の子が2人立ち止まっている。
どうやら入り口にいかように早くたどりつくか?
ということを算段してる様子。
「わたし地図持ってる。」
と、いうなり、「着いてゆこう作戦は失敗か・・・。」
と落胆した様子。
わしも地図はもってるけど、あまり読めないんだよね(笑)!
まぁ、しかしどういっても遺跡の裏側なので
3人で適当にそちらへ向かった。
入り口へつくと、開門まで30分もある。
なので小屋みたいんとこで、身の上話でする。
二人は福岡から来た酪農大学院生。
酪農・・・。今まで酪農に携わった人に会った事無い。
しかも、めざせ博士な人たち・・・。
それがいったいどういう事かも全然分からないながらも、
雑談は滞り無く進み、開門となった。
トーシローな3人
入る時と出る時、名前を書かなくてはならない。
帰ってこない人もいるってこと・・・?
お互いの様子を見てかなり不安になる。
短パンハイソックスで、町中に行くような靴を履いた中年女子。
山登りなのに、登る前に水を飲み干してしまった若者男子。
服が乾かなかったので、濡れたまま着てその上にジャケットを羽織った若者男子。
なんとなくこの3人で同行する事になった。
わし「あなたたちのペースで行く事は出来ませんので、
遅かったら先に行ってください。」
若者B「その心配はないです。すぐ置き去りにしますから。」
わし「・・・・・・。」
しかし、彼らは全行程わしを引っ張って行ってくれたのだ。
文字どうり、手をひいて・・・。
月の神殿
しばらく行くと、月の神殿という遺跡への別れ道があった。
若者A「今すぐ登頂しても、霧でマチュピチュ見れないと思う。」
若者B「いったいどんくらいあるんか???」
わし「そんなに余計に歩けん・・・。」
若者B「俺もそのこと考えてた・・・。」
結局、何となくリーダー的な存在になったAの言う通り、
月の神殿に参拝することになった。
しかし・・・。
せっかく登って来たのに、かなりの間また下った。
若者B「これこんなにくだったらヤバいんじゃない?」
わし「またこれ登るって事だもんね。登頂には関係ない距離だしね」
若者B「痩せるからいいか!」
キミ、全然太ってないけどね・・・。
月の神殿に着くと、
別れ道で登頂を選んで登っていった別の日本人がいた。
なんで???
実は彼は既に登頂し終え、反対側から降りて来たのだという。
なんと彼の足取りはスキップのようだった・・・。
恐るべし、登山ファン!
ここですでに腹が減ってしまったので、
ペルーのエナジーバーみたいのを3つに割って三人で食べた。
あぁ、早弁しなけりゃよかった・・。
第4の使途
そこで若者2人は、その人が来た道の様子を聞いて、
そちらのコースで登って行こうということになった。
今来た道をまた登るよりは、別コースのほうが良いんではないか?
ということでわしも同意。
月の神殿に居た、カークというオーストラリアのおっちゃんも
何となく同行することになった。
わしらのトーシローぶりもさることながら、
おっちゃんは、エコバッグを手に持って、近所に来た感じの見た目。
わし「一個目のはしごが一番の難所って言ってたんだよね???」
若者A「うん、ダメと思ったらそっから引き返してこればいいからって。」
わし「てか引き返すもなにも、そのはしご全然ないじゃん!」
危険!バカな観光客に次告ぐ!
問題の一番目のはしごは、
切り立った岩の上に登る為に付けられた木のはしご。
90度で6、7メートルはあるか?
こえーーー!!
だってこの山自体がのっぽさんの帽子みたく、
とがってるので、どこからでも落ちようものなら
ふもとまで落ちてゆく。という勢いなのだ。
写真では距離感ないけど、すぐ横は崖というシチュエーション多々。

しかし実際、最大の恐怖は2番目のはしごだったのだ・・・。
さよならカーク
だんだん休憩回数が増えて来た。
急勾配な所は足が疲れる。
なだらかな所は早く行くため息が切れる。
残りは怖い所。
と言うように、常に何らかのチャレンジが・・・。
もう頂上か?
そう思って登る度に、その上にまた新たなる峰が見えてくる。
という状態の時、カークがリタイア。
カーク「もうわたしは行けません。ゆっくり降ります・・・。」
わし「そう・・・。気をつけてね。」
若者B「ゆっくり、ゆっくり行くんだよ!」
ALL「さよなら〜〜〜。」
わしもリタイアしたかったけど、
あの梯子・・・・。登れても降りれん・・・。
恐怖MAX危険地帯!
とうとう信じられない所が出現。
わしらロッククライマーじゃないんですけど!!

梯子の上、岩を削っただけの小さい階段をご覧ください。
この右側は崖。
落ちれば間違いなく麓にある川に直撃します・・・。
若者Aが先に行き、2番目わし、三番目B。という順序で登った。
わし「こわいよーーー!!おかーさーん!」
恐怖におののくわしに、常に声をかけてくれた若者達。
ありがとう。
その箇所以降、若者Aは感覚が麻痺して
他の所では、つたわないで歩き回れるようになっていた!
てっぺん
そこから頂上までの記憶がナイ。
しかし登頂した!
岩がごろごろしているところで、
みんなよくこんなとこに立てるよな〜〜。ってなとこに
所狭しと外人が群がっている・・・。
怖い!最大に努力してここまで!
ヘッピリ腰で笑顔のわし

はるか彼方にマチュピチュがある。
わしらはあそこから来たのだ!
記念に3人で撮った!天下も取ったくらいの勢い。

疲れと恐怖で笑顔も引きつるわし
あまり自分の写真を載せないようにしているが、
すごい偉業を成しとげたと思うので、ここに載せる。
出山した時、カークを探したら
まだチェックアウトしてなかった・・・。
カーク。大丈夫かな?????
それから、
マチュピチュ出る時若者Bが、通りかかったペルー人のガイドに
「ユウタ?」
とか呼び止められてた。
ユウタ・・・。探してます。
この二人の安否を時々想いあぐねることになりそう。
その後、超疲労&空腹でアグアスカリエンテスに下山
(表のルートは全然大丈夫な感じだった・・・。)
安食堂に入り、
クスケーニャ中瓶、スープ、

鶏肉、ご飯、芋、サラダ

等を5分以内で完食。
ここ10年以内で一番気持ちのよい食事だった!
食べ終わった後、それらが体に染み渡るのを感じながら
ホテルに帰った。
ロハスな格好でファーマーズマーケットに。
けどコスプレと間違われて写真撮られそうに・・・。
**3月3日**
いざワイナピチュへ!
このマチュピチュな村でそれナシで過ごすにも程がある。
と、最終日にワイナピチュ登山を覚悟。
ワイナピチュとは、ケチュア語で『若い峰』という意味の山。
反してマチュピチュは『老いた峰』
隣同士にあり、ここからだと天空の城マチュピチュ全景が見られる。
特別な装備とか必要ナイ山だとは思います。
だいたいわしが入れるんだから・・・。
やるとなったら登頂せねば(目標は常に低く。)
だって、マチュピチュ遺跡内に入山口あるからまた70ドルくらいかかるし。
(全くボリすぎだ!)
ということで、連日雨だったのを晴れにしてもらおうと、
日本のまじない、テルテル坊主を設置。

朝なんと5時半に出発!
あまりの緊張の為、アラームなる前に目覚めてしまう。
バスに乗る時、いろんなモノを売っている。
昼の為にサンドイッチを購入。備えあれば憂いなしだ!
が、早くもバスの中で食べてしまう・・・。
2人の使途
マチュピチュに入るとすぐ、日本人の男の子が2人立ち止まっている。
どうやら入り口にいかように早くたどりつくか?
ということを算段してる様子。
「わたし地図持ってる。」
と、いうなり、「着いてゆこう作戦は失敗か・・・。」
と落胆した様子。
わしも地図はもってるけど、あまり読めないんだよね(笑)!
まぁ、しかしどういっても遺跡の裏側なので
3人で適当にそちらへ向かった。
入り口へつくと、開門まで30分もある。
なので小屋みたいんとこで、身の上話でする。
二人は福岡から来た酪農大学院生。
酪農・・・。今まで酪農に携わった人に会った事無い。
しかも、めざせ博士な人たち・・・。
それがいったいどういう事かも全然分からないながらも、
雑談は滞り無く進み、開門となった。
トーシローな3人
入る時と出る時、名前を書かなくてはならない。
帰ってこない人もいるってこと・・・?
お互いの様子を見てかなり不安になる。
短パンハイソックスで、町中に行くような靴を履いた中年女子。
山登りなのに、登る前に水を飲み干してしまった若者男子。
服が乾かなかったので、濡れたまま着てその上にジャケットを羽織った若者男子。
なんとなくこの3人で同行する事になった。
わし「あなたたちのペースで行く事は出来ませんので、
遅かったら先に行ってください。」
若者B「その心配はないです。すぐ置き去りにしますから。」
わし「・・・・・・。」
しかし、彼らは全行程わしを引っ張って行ってくれたのだ。
文字どうり、手をひいて・・・。
月の神殿
しばらく行くと、月の神殿という遺跡への別れ道があった。
若者A「今すぐ登頂しても、霧でマチュピチュ見れないと思う。」
若者B「いったいどんくらいあるんか???」
わし「そんなに余計に歩けん・・・。」
若者B「俺もそのこと考えてた・・・。」
結局、何となくリーダー的な存在になったAの言う通り、
月の神殿に参拝することになった。
しかし・・・。
せっかく登って来たのに、かなりの間また下った。
若者B「これこんなにくだったらヤバいんじゃない?」
わし「またこれ登るって事だもんね。登頂には関係ない距離だしね」
若者B「痩せるからいいか!」
キミ、全然太ってないけどね・・・。
月の神殿に着くと、
別れ道で登頂を選んで登っていった別の日本人がいた。
なんで???
実は彼は既に登頂し終え、反対側から降りて来たのだという。
なんと彼の足取りはスキップのようだった・・・。
恐るべし、登山ファン!
ここですでに腹が減ってしまったので、
ペルーのエナジーバーみたいのを3つに割って三人で食べた。
あぁ、早弁しなけりゃよかった・・。
第4の使途
そこで若者2人は、その人が来た道の様子を聞いて、
そちらのコースで登って行こうということになった。
今来た道をまた登るよりは、別コースのほうが良いんではないか?
ということでわしも同意。
月の神殿に居た、カークというオーストラリアのおっちゃんも
何となく同行することになった。
わしらのトーシローぶりもさることながら、
おっちゃんは、エコバッグを手に持って、近所に来た感じの見た目。
わし「一個目のはしごが一番の難所って言ってたんだよね???」
若者A「うん、ダメと思ったらそっから引き返してこればいいからって。」
わし「てか引き返すもなにも、そのはしご全然ないじゃん!」
危険!バカな観光客に次告ぐ!
問題の一番目のはしごは、
切り立った岩の上に登る為に付けられた木のはしご。
90度で6、7メートルはあるか?
こえーーー!!
だってこの山自体がのっぽさんの帽子みたく、
とがってるので、どこからでも落ちようものなら
ふもとまで落ちてゆく。という勢いなのだ。
写真では距離感ないけど、すぐ横は崖というシチュエーション多々。

しかし実際、最大の恐怖は2番目のはしごだったのだ・・・。
さよならカーク
だんだん休憩回数が増えて来た。
急勾配な所は足が疲れる。
なだらかな所は早く行くため息が切れる。
残りは怖い所。
と言うように、常に何らかのチャレンジが・・・。
もう頂上か?
そう思って登る度に、その上にまた新たなる峰が見えてくる。
という状態の時、カークがリタイア。
カーク「もうわたしは行けません。ゆっくり降ります・・・。」
わし「そう・・・。気をつけてね。」
若者B「ゆっくり、ゆっくり行くんだよ!」
ALL「さよなら〜〜〜。」
わしもリタイアしたかったけど、
あの梯子・・・・。登れても降りれん・・・。
恐怖MAX危険地帯!
とうとう信じられない所が出現。
わしらロッククライマーじゃないんですけど!!

梯子の上、岩を削っただけの小さい階段をご覧ください。
この右側は崖。
落ちれば間違いなく麓にある川に直撃します・・・。
若者Aが先に行き、2番目わし、三番目B。という順序で登った。
わし「こわいよーーー!!おかーさーん!」
恐怖におののくわしに、常に声をかけてくれた若者達。
ありがとう。
その箇所以降、若者Aは感覚が麻痺して
他の所では、つたわないで歩き回れるようになっていた!
てっぺん
そこから頂上までの記憶がナイ。
しかし登頂した!
岩がごろごろしているところで、
みんなよくこんなとこに立てるよな〜〜。ってなとこに
所狭しと外人が群がっている・・・。
怖い!最大に努力してここまで!
ヘッピリ腰で笑顔のわし

はるか彼方にマチュピチュがある。
わしらはあそこから来たのだ!
記念に3人で撮った!天下も取ったくらいの勢い。

疲れと恐怖で笑顔も引きつるわし
あまり自分の写真を載せないようにしているが、
すごい偉業を成しとげたと思うので、ここに載せる。
出山した時、カークを探したら
まだチェックアウトしてなかった・・・。
カーク。大丈夫かな?????
それから、
マチュピチュ出る時若者Bが、通りかかったペルー人のガイドに
「ユウタ?」
とか呼び止められてた。
ユウタ・・・。探してます。
この二人の安否を時々想いあぐねることになりそう。
その後、超疲労&空腹でアグアスカリエンテスに下山
(表のルートは全然大丈夫な感じだった・・・。)
安食堂に入り、
クスケーニャ中瓶、スープ、

鶏肉、ご飯、芋、サラダ

等を5分以内で完食。
ここ10年以内で一番気持ちのよい食事だった!
食べ終わった後、それらが体に染み渡るのを感じながら
ホテルに帰った。
今日のわしは、高山病なしのわし。
でも息切れゞ。富士山の頂上と同じなんだから。
**3月1日**
暇とインスピレーション
いよいよ小さな村でやる事もなくなり、
繕い物でもしようと針と糸を購入。
前髪も伸びてうっとうしいので、はさみも買った。
土産物の中にいろいろ縫って作ってあるものが多く、わしもちょっとやりたくなって、
破れ部分に別の服からちぎったタグをつけて、刺繍した。
後で写真アップする。
我ながらヘタウマさがたまんねぇ。と暇だからか思った。
宿のおばさんと通りかかったイギリス人には好評だった。
その後、自前床屋で前髪を切った。
言語以外のコミュニケーション
ローカルな飯屋でご飯を食べた後、ぶらぶらしていたら、
近所の草サッカー場で、地元の集まりがあった。
外にテント建てて、音楽かけたり、肉焼いたり、ビール飲んだりしてた。
その横で、草サッカーが行われていたので
こいつはタダでいい娯楽があったと、見物することにした。
見物始めたら、チームの中に同じ宿に泊まってる日本人2人がいるではないか。
「あぁ、いいなぁ〜。私もジモティーとスポーツしたい!」
と、思ったけどペルーの子供はやはりうまい。
それに子供とはいえティーンエイジャー。怖い。
しょうがないので、頼まれてもいないのに
わしは写真家でもあるので、写真を撮ってあげた。
終わってから、話してみると
なんとこの日本人の子らは(子とは失礼、大学生だった。)
朝ワイナピチュ登山を終えて、今サッカーやってたらしい。
その上、今日クスコに電車で帰り、そのまま夜行バスでプーノに行くらしい。
プーノとは、私が高山病がしんどい為断念した、富士山より高い観光地。
「僕たち今すでにこんなに疲れてて大丈夫なんでしょうかね?」
とコメントしてたけど、そのまま温泉に去っていった。
若者は頼もしいな。
この子らは、わしが宿で外国人バックパパッカーと飲んだくれてるのを見て
「英語しゃべれていいなぁーと、思ってたんですよ。」
と言ってたけど、わしにすれば
サッカーできる君らの方がうらやましい。
英語は手段だけど、サッカーは共有できる楽しみだし。
おっさんもまじっとったし、年齢も国境も越えてすごいな。
実はわしも帰ったら、草サッカーに参加するって豪語して来た。
まじ、やばいわ。たぶん無理だわ。
**3月2日**
日曜の上に雨
暇は暇でもなんとなく娯楽があるもんだ。
と、関心していたところ、
今日は雨。その上日曜なので閉まっている店が多い。
ここに来て本当に本当にやることねーーーー。
と、日中はネット、昼寝。
おしゃれなローカルの場所
夜になって、「外で飲みたーい!!」と、
目星をつけていたローカルバーへと繰り出した。
とはいえ一人。
「こんばんわー。」と入って行くと、
鄙びた温泉街の路地にあるバーにしては、垢抜けた姉さんがタロットをめくっていた。
「うんうん。こうだよ。こうなんだよ。」
と、なんとなく鄙びムード満喫。
鄙びだけど、ここにしてはおしゃれ。
コーヒーテーブル本なんか常備してあったり、
わしのようなお一人様が長居するにもってこい。
こちらもこの街にしては垢抜けている兄ちゃん
(わしが通うネット屋)も入ってきて、一人カウンター飲み。
まさしく、ここは鄙びた温泉街でもおしゃれさんが集う場所。
がんばれ若者
しかし程なくすると、となりにローカルの若者の一団が来て
会話が始まった。
「あんたらローカルにしちゃ、英語うまいやん。なにやっとんの?」
と尋ねると、マチュピチュサンクチュアリに勤めているという。
(唯一マチュピチュにある高級ホテル。一泊400ドル以上する。)
なるほど、英語もうまいし着てるものも携帯も垢抜けてるわ。
しばし、同席させてもらった。
お笑い。かっこいい。無口。マドンナ。
といキャラがそろった5人組だった。
この子らはクスコ等近郊からこの街に働きに来ているそうだ。
寮に入って毎日5時起きで、26日間連続勤務だそうだ。
(その後4日間の休みがあり、これで一ヶ月のサイクルとなる。)
若者よ、元気に働きなさい。
というように、
ただただ、ぶらぶらしてた2日間であった。
でも息切れゞ。富士山の頂上と同じなんだから。
**3月1日**
暇とインスピレーション
いよいよ小さな村でやる事もなくなり、
繕い物でもしようと針と糸を購入。
前髪も伸びてうっとうしいので、はさみも買った。
土産物の中にいろいろ縫って作ってあるものが多く、わしもちょっとやりたくなって、
破れ部分に別の服からちぎったタグをつけて、刺繍した。
後で写真アップする。
我ながらヘタウマさがたまんねぇ。と暇だからか思った。
宿のおばさんと通りかかったイギリス人には好評だった。
その後、自前床屋で前髪を切った。
言語以外のコミュニケーション
ローカルな飯屋でご飯を食べた後、ぶらぶらしていたら、
近所の草サッカー場で、地元の集まりがあった。
外にテント建てて、音楽かけたり、肉焼いたり、ビール飲んだりしてた。
その横で、草サッカーが行われていたので
こいつはタダでいい娯楽があったと、見物することにした。
見物始めたら、チームの中に同じ宿に泊まってる日本人2人がいるではないか。
「あぁ、いいなぁ〜。私もジモティーとスポーツしたい!」
と、思ったけどペルーの子供はやはりうまい。
それに子供とはいえティーンエイジャー。怖い。
しょうがないので、頼まれてもいないのに
わしは写真家でもあるので、写真を撮ってあげた。
終わってから、話してみると
なんとこの日本人の子らは(子とは失礼、大学生だった。)
朝ワイナピチュ登山を終えて、今サッカーやってたらしい。
その上、今日クスコに電車で帰り、そのまま夜行バスでプーノに行くらしい。
プーノとは、私が高山病がしんどい為断念した、富士山より高い観光地。
「僕たち今すでにこんなに疲れてて大丈夫なんでしょうかね?」
とコメントしてたけど、そのまま温泉に去っていった。
若者は頼もしいな。
この子らは、わしが宿で外国人バックパパッカーと飲んだくれてるのを見て
「英語しゃべれていいなぁーと、思ってたんですよ。」
と言ってたけど、わしにすれば
サッカーできる君らの方がうらやましい。
英語は手段だけど、サッカーは共有できる楽しみだし。
おっさんもまじっとったし、年齢も国境も越えてすごいな。
実はわしも帰ったら、草サッカーに参加するって豪語して来た。
まじ、やばいわ。たぶん無理だわ。
**3月2日**
日曜の上に雨
暇は暇でもなんとなく娯楽があるもんだ。
と、関心していたところ、
今日は雨。その上日曜なので閉まっている店が多い。
ここに来て本当に本当にやることねーーーー。
と、日中はネット、昼寝。
おしゃれなローカルの場所
夜になって、「外で飲みたーい!!」と、
目星をつけていたローカルバーへと繰り出した。
とはいえ一人。
「こんばんわー。」と入って行くと、
鄙びた温泉街の路地にあるバーにしては、垢抜けた姉さんがタロットをめくっていた。
「うんうん。こうだよ。こうなんだよ。」
と、なんとなく鄙びムード満喫。
鄙びだけど、ここにしてはおしゃれ。
コーヒーテーブル本なんか常備してあったり、
わしのようなお一人様が長居するにもってこい。
こちらもこの街にしては垢抜けている兄ちゃん
(わしが通うネット屋)も入ってきて、一人カウンター飲み。
まさしく、ここは鄙びた温泉街でもおしゃれさんが集う場所。
がんばれ若者
しかし程なくすると、となりにローカルの若者の一団が来て
会話が始まった。
「あんたらローカルにしちゃ、英語うまいやん。なにやっとんの?」
と尋ねると、マチュピチュサンクチュアリに勤めているという。
(唯一マチュピチュにある高級ホテル。一泊400ドル以上する。)
なるほど、英語もうまいし着てるものも携帯も垢抜けてるわ。
しばし、同席させてもらった。
お笑い。かっこいい。無口。マドンナ。
といキャラがそろった5人組だった。
この子らはクスコ等近郊からこの街に働きに来ているそうだ。
寮に入って毎日5時起きで、26日間連続勤務だそうだ。
(その後4日間の休みがあり、これで一ヶ月のサイクルとなる。)
若者よ、元気に働きなさい。
というように、
ただただ、ぶらぶらしてた2日間であった。
まだ電車出発まで5時間ある。
**2月29日・アグアスカリエンテス2日目**
日本のような温泉郷
着いて翌日、興奮のあまり5時に目覚める。
その名(アグアスカリエンテス)の通り、ここは温泉郷なのだ。
朝窓を見下ろすと、川。そこに架かるつり橋。
朝露に濡れた山々にたゆたう霧。
あぁ、来てよかった!
早速朝5時からやっているという温泉に行った。
つり橋を渡って徒歩5分の温泉は、見た目プール。
春休みだからか、地元の子供たちも何人か来ていた。
観光業界にかかわっていない地元の人はいたって気さくで、
中流っぽい家族と英語スペイン語まじりでここらの話をする。
車で1時間程いくと、もっと熱い温泉があるらしい。
やっぱり、地元の人でもこの湯はちょっぬるいんだな。
インターネット
この旅初めてのメールチェック。
昨夜ご一緒した日本人の女の子に、日本語OKの場所を教えてもらった。
以後、毎日ここだ。
ネットカフェではないので酒飲んだりできないのが残念。
宇宙一らのメールを読んで一人笑う。
非常におもろい。
一人旅ではあるけれど、
このように経験をリアルタイムで共有できるとは
テクノロジー様々だ。
ぼるぼるぼる
旅初のネット接続理由は、この日ボーナスが出たからだ。
ネットで口座チェックして、クレジットカードに積もった借金を返しても
まだ数百ドルがあまったので、
ちょっとよさげなところで昼から酒でも飲んでやろうと、
レストランでペルーのシャンペンをオーダー。
食事と酒でドルで言えば、たいした値段ではないけど
ここでも支払い時に20%のサービスチャージを加算するという
ぼりまくりの所業。
たいしたレストランでもないのに。
皮肉なのがここのレストランのインカサラダがめちゃ旨かったことだ。
娯楽は向こうから
昼寝したら夜になってしまった。
これといってすることもないので、廊下にあるテレビを見ていたら
外人バックパッカーが3人同席してきた。
今着いたらしい、アメリカ人の嫁とコロンビア人の旦那。
そして道中知り合いになったイギリス人の3人だ。
早速ラムとコークでクバリブレを作って飲み会となったが、
わしはラムは飲めないので、ワインを買ってきて参加した。
マチュピチュに行かないとたいしてすることもなく、退屈していたので
このような宴会はなかなか楽しかった。
年代も30代で似通っていたのもよかったのかも。
アグアスカリエンテスのみやげ物
わしは土産物が大好きだ!
だから土産物を見ているだけで、観光に行かなくても十分に楽しい。
土産物の中でも好きなのは、フィギュア系のものだ。
ペルーにもかなり豊富にあって楽しい!
素焼きの牛
道すがら、家々の屋根に素焼きの牛がペアで乗っかっているのを目にした。
屋根の上に何か人形的な物を乗せるというのは、どこによっても良くある。
こちらは、十字架を中心に牛二つ、そして十字架にはなぜか梯子と巾着袋。
早速この牛2頭を購入した。クスコとここでは牛がちょっとちがうらしい。
タペストリー
アンデスの農業の様子を限りなく2D世界で再現。
しかし刺繍や半ぬいぐるみ的なもので作ってあるので3D
支店が2Dで盛り上がった様子は3Dというすばらしい作品。
太陽とか幼稚園の子が書いたようなヘタウマさがたまらない!
が、飾る場所がないので断念。
編みぐるみ
これは結構有名なんじゃないか。
特に指人形になっているものはシスコでも買える。
ただそのモチーフが時代に沿ったりしてるのは面白い。
似ても似つかないキャラたち・・・・。
2年前のゆかちゃんのコメントにもあった、極悪顔とか。
乳鉢
以前から乳鉢なるものを欲しいと思っていた。
マチュピチュの石で作った乳鉢だ。
彫ってある模様も土着っぽいう模様でかわいい。
その昔ジェイミーオリバーが、ニンニクだのハーブだの塩だのを
こいつでごしゃごしゃとつぶして旨そうな飯をつくっていた。
その男の料理ぶりがすばらしかったのと、
みやげ物屋のおばちゃんが「マチュピチュの石」と10回くらい繰り返すので
「買っちまおうかなー。」と思ったが、
まて、これは石だ!重すぎる!
と思いとどまった。
インディオの服
これはわざわざ買うこともないかもしれないが、市場で売っている。
ギャザーもしくはフレアの膝丈スカートにハイソックス。靴はローファー。
上はブラウスにカーディガン。頭にアンデスの山みたいなこんもり帽子
ちょーーーーかわいい!!女学生みたい!
髪の毛は三つ編みだけど、一つの人と二つの人がいる。
二つの人はその先っぽを微妙につなげている。
**2月29日・アグアスカリエンテス2日目**
日本のような温泉郷
着いて翌日、興奮のあまり5時に目覚める。
その名(アグアスカリエンテス)の通り、ここは温泉郷なのだ。
朝窓を見下ろすと、川。そこに架かるつり橋。
朝露に濡れた山々にたゆたう霧。
あぁ、来てよかった!
早速朝5時からやっているという温泉に行った。
つり橋を渡って徒歩5分の温泉は、見た目プール。
春休みだからか、地元の子供たちも何人か来ていた。
観光業界にかかわっていない地元の人はいたって気さくで、
中流っぽい家族と英語スペイン語まじりでここらの話をする。
車で1時間程いくと、もっと熱い温泉があるらしい。
やっぱり、地元の人でもこの湯はちょっぬるいんだな。
インターネット
この旅初めてのメールチェック。
昨夜ご一緒した日本人の女の子に、日本語OKの場所を教えてもらった。
以後、毎日ここだ。
ネットカフェではないので酒飲んだりできないのが残念。
宇宙一らのメールを読んで一人笑う。
非常におもろい。
一人旅ではあるけれど、
このように経験をリアルタイムで共有できるとは
テクノロジー様々だ。
ぼるぼるぼる
旅初のネット接続理由は、この日ボーナスが出たからだ。
ネットで口座チェックして、クレジットカードに積もった借金を返しても
まだ数百ドルがあまったので、
ちょっとよさげなところで昼から酒でも飲んでやろうと、
レストランでペルーのシャンペンをオーダー。
食事と酒でドルで言えば、たいした値段ではないけど
ここでも支払い時に20%のサービスチャージを加算するという
ぼりまくりの所業。
たいしたレストランでもないのに。
皮肉なのがここのレストランのインカサラダがめちゃ旨かったことだ。
娯楽は向こうから
昼寝したら夜になってしまった。
これといってすることもないので、廊下にあるテレビを見ていたら
外人バックパッカーが3人同席してきた。
今着いたらしい、アメリカ人の嫁とコロンビア人の旦那。
そして道中知り合いになったイギリス人の3人だ。
早速ラムとコークでクバリブレを作って飲み会となったが、
わしはラムは飲めないので、ワインを買ってきて参加した。
マチュピチュに行かないとたいしてすることもなく、退屈していたので
このような宴会はなかなか楽しかった。
年代も30代で似通っていたのもよかったのかも。
アグアスカリエンテスのみやげ物
わしは土産物が大好きだ!
だから土産物を見ているだけで、観光に行かなくても十分に楽しい。
土産物の中でも好きなのは、フィギュア系のものだ。
ペルーにもかなり豊富にあって楽しい!
素焼きの牛
道すがら、家々の屋根に素焼きの牛がペアで乗っかっているのを目にした。
屋根の上に何か人形的な物を乗せるというのは、どこによっても良くある。
こちらは、十字架を中心に牛二つ、そして十字架にはなぜか梯子と巾着袋。
早速この牛2頭を購入した。クスコとここでは牛がちょっとちがうらしい。
タペストリー
アンデスの農業の様子を限りなく2D世界で再現。
しかし刺繍や半ぬいぐるみ的なもので作ってあるので3D
支店が2Dで盛り上がった様子は3Dというすばらしい作品。
太陽とか幼稚園の子が書いたようなヘタウマさがたまらない!
が、飾る場所がないので断念。
編みぐるみ
これは結構有名なんじゃないか。
特に指人形になっているものはシスコでも買える。
ただそのモチーフが時代に沿ったりしてるのは面白い。
似ても似つかないキャラたち・・・・。
2年前のゆかちゃんのコメントにもあった、極悪顔とか。
乳鉢
以前から乳鉢なるものを欲しいと思っていた。
マチュピチュの石で作った乳鉢だ。
彫ってある模様も土着っぽいう模様でかわいい。
その昔ジェイミーオリバーが、ニンニクだのハーブだの塩だのを
こいつでごしゃごしゃとつぶして旨そうな飯をつくっていた。
その男の料理ぶりがすばらしかったのと、
みやげ物屋のおばちゃんが「マチュピチュの石」と10回くらい繰り返すので
「買っちまおうかなー。」と思ったが、
まて、これは石だ!重すぎる!
と思いとどまった。
インディオの服
これはわざわざ買うこともないかもしれないが、市場で売っている。
ギャザーもしくはフレアの膝丈スカートにハイソックス。靴はローファー。
上はブラウスにカーディガン。頭にアンデスの山みたいなこんもり帽子
ちょーーーーかわいい!!女学生みたい!
髪の毛は三つ編みだけど、一つの人と二つの人がいる。
二つの人はその先っぽを微妙につなげている。
今日のわしはがんがん更新します。
3つぐらいいけるかも。
**2月28日**
バックパッカーという名の電車で
朝6時50分の電車でアグアスカリエンテスに向かうべく
サンペドロ駅へと向かう。(今度こそサンペドロ駅なのだ)
宿のおっちゃんにタクシー代を聞いたら
「3ソル」というではないか…。
ホント外人からはぼってもよい。という思想が行き渡っていることには辟易する。
そういうことされるためにおっちゃんにチップ払ってんじゃないっつうの…。
ということで、それでも高い2ソルでタクる。
5ブロック程だけど、高山病の外人にはしんどいから。
アグアスカリエンテス着
4時間程の列車の旅でアグアスカリエンテスに着く。
道中すばらしい風景が広がっていたらしいが、寝ていたので分からない。
列車を降りようとすると、
チケット買ったときに話しかけてきた日本人バックパッカーのT君
彼は2ヶ月ほどの南米旅行で、卒業後は某有名T社に就職が決まっているらしい。
なので仮にTという名前にしとく。
が一緒に行こうというので、じゃぁと、宿を探しに。
てか、客引きに着いてった。
結局彼の部屋はわしの隣の部屋となり
マチュピチュも一緒に行こうというので取りあえず入場したけど、
一緒一緒という姿勢に辟易し、マチュピチュ内で振り切った。
マチュピチュは、一人で感動して見たいじゃん。
しかし、彼の「ご一緒」姿勢により、
温泉もご一緒となりそうだったのを振り切り、
晩御飯はご一緒した。同じ宿にいたもう一人の日本人の女の子も…。
旅の姿勢
この彼のご一緒姿勢はどうだろうか???
旅も長くなってくると、確かに会話とか友達とか恋しくなってくる。
旅先で会って意気投合したりして楽しいひと時を過ごしたりする。
わしみたいのは、「一人でほっといてくれ!」という変人姿勢ととられないだろうか?
などと、なんだか現世に引き戻されたような、しがらみを感じでしまった。
なにやってんだ。旅先で。
翌早朝、旅立つ彼は丁寧にも、
「さようなら、お会いできて良かったです。」
と、丁寧な挨拶をして去っていった。
なかなか好青年ではないか。
そうか、若いから旅先で世界中で友達できたらうれしい。
という純粋なるエキサイトメントを満喫しているんだな。
かつて自分も若かりしころ、人との出会いとか世界を見る興奮があったな。
と、思い出したりした。
若者よ旅しなさい。
偉大なるマチュピチュ
マチュピチュはすごい。
なにがすごいって、でかい。
そして、テッペンから下に段々となっているので奥行きがあって
その3Dさが壮大。
昔(バカみたいな表現だけど)にこんなもん作れた王様(これもバカっぽいけど)は、
まさに権力のテッペンにいたんだったんだろうな〜。
と、しばし当時の様子に思いをはせました。
しかし、、、
このおかげ(遺跡)で現在の地元の人は経済が潤ってるな。
だって、入場料は50ドルくらいする。
そこまで行くバスは往復12ドルだよ!
ディズニーランド並だ。
加えてぼるから現地の価値観からするとすごい収入だよね。
3つぐらいいけるかも。
**2月28日**
バックパッカーという名の電車で
朝6時50分の電車でアグアスカリエンテスに向かうべく
サンペドロ駅へと向かう。(今度こそサンペドロ駅なのだ)
宿のおっちゃんにタクシー代を聞いたら
「3ソル」というではないか…。
ホント外人からはぼってもよい。という思想が行き渡っていることには辟易する。
そういうことされるためにおっちゃんにチップ払ってんじゃないっつうの…。
ということで、それでも高い2ソルでタクる。
5ブロック程だけど、高山病の外人にはしんどいから。
アグアスカリエンテス着
4時間程の列車の旅でアグアスカリエンテスに着く。
道中すばらしい風景が広がっていたらしいが、寝ていたので分からない。
列車を降りようとすると、
チケット買ったときに話しかけてきた日本人バックパッカーのT君
彼は2ヶ月ほどの南米旅行で、卒業後は某有名T社に就職が決まっているらしい。
なので仮にTという名前にしとく。
が一緒に行こうというので、じゃぁと、宿を探しに。
てか、客引きに着いてった。
結局彼の部屋はわしの隣の部屋となり
マチュピチュも一緒に行こうというので取りあえず入場したけど、
一緒一緒という姿勢に辟易し、マチュピチュ内で振り切った。
マチュピチュは、一人で感動して見たいじゃん。
しかし、彼の「ご一緒」姿勢により、
温泉もご一緒となりそうだったのを振り切り、
晩御飯はご一緒した。同じ宿にいたもう一人の日本人の女の子も…。
旅の姿勢
この彼のご一緒姿勢はどうだろうか???
旅も長くなってくると、確かに会話とか友達とか恋しくなってくる。
旅先で会って意気投合したりして楽しいひと時を過ごしたりする。
わしみたいのは、「一人でほっといてくれ!」という変人姿勢ととられないだろうか?
などと、なんだか現世に引き戻されたような、しがらみを感じでしまった。
なにやってんだ。旅先で。
翌早朝、旅立つ彼は丁寧にも、
「さようなら、お会いできて良かったです。」
と、丁寧な挨拶をして去っていった。
なかなか好青年ではないか。
そうか、若いから旅先で世界中で友達できたらうれしい。
という純粋なるエキサイトメントを満喫しているんだな。
かつて自分も若かりしころ、人との出会いとか世界を見る興奮があったな。
と、思い出したりした。
若者よ旅しなさい。
偉大なるマチュピチュ
マチュピチュはすごい。
なにがすごいって、でかい。
そして、テッペンから下に段々となっているので奥行きがあって
その3Dさが壮大。
昔(バカみたいな表現だけど)にこんなもん作れた王様(これもバカっぽいけど)は、
まさに権力のテッペンにいたんだったんだろうな〜。
と、しばし当時の様子に思いをはせました。
しかし、、、
このおかげ(遺跡)で現在の地元の人は経済が潤ってるな。
だって、入場料は50ドルくらいする。
そこまで行くバスは往復12ドルだよ!
ディズニーランド並だ。
加えてぼるから現地の価値観からするとすごい収入だよね。
今日のわしはクスコへ向かうべく電車まち。
そろそろ旅も終盤に向かっております。
**2月27日**
恐るべし高山病
朝起きると最悪の体調…
頭が痛い、気持ち悪い。
これが高山病というものか…。
とにかく死にそうにしんどい。
死にそうな頭で考える。
高山病は山を降りれば治るので
「今日のリマ行きの便でリマに帰ろうか…。」
そして逆に言えば、山を降りなきゃ治らない。
「いや、チケットの手配する気力も体力も酸素もないね…。」
それで、持参したイブプロフェインを飲んだ。
寝ると呼吸数が減るので良くないらしいが、
こんな状態で起きているのは拷問。だから寝た。
結局午後の2時まで寝た。
頭の痛いのは良くなったが、全体的に弱々しい。
弱々しいながらも腹減ったので、市場で飯でも食おうと外に出た。
が、2ブロック先の公園で挫折して道端で売っていたパンを買い食い。
帰りの体力を蓄えるため、その公園で1時間程休憩した。
観光なし!
ということで、クスコでは全く観光はしなかった。
教会も見てないし、遺跡もみてないし、
剃刀の刃さえも通らないという有名な石組みも見てない。
チケットを買いに行った駅で、
空港から乗ったタクシーの運ちゃんに発見され、
それならと、おっちゃんのタクシーで宿まで帰ってきたけど
道中車を止めてまで、いらん観光を進められた。
最後には「お願いします!わししんどいねん!死ぬっちゅうねん!」
(と、変な関西弁では言わなかったけど)
と半切れになった。
するとおっちゃんは外人は高山に弱いということを無理やり納得し
かえって同情さえ見せた。
ご飯、麺類は最悪
ペルーでは、イモ、ご飯、パン、麺、の順で主食となっている。
しかし、クスコではご飯が最悪。
なんちゅうか、こう食感が「ぬるま湯に半日浸して料理しました。」
という感じなのだ。麺も同じくそう。
初めて食べるとかなり気持ち悪い。
最初に食べたのは、きったない市場だったし
スープつき定食を1ドルしない値段で食べたので、
安かろうまずかろうなのかな?
と思ったが、きちんとしたレストランでもそう。
たぶん高山なので炊けないんだろう。
その代わりというのか、野菜はシャキシャキと茹で上がるようで、
レストランで食べた野菜が旨かったので、現地の野菜かと思って聞いたら
ただのほうれん草だった…。
クスコ雑感 1回目
*道端のパン(パイ生地で中に微々たるチーズ入り)がうまい。
*「やまだー。やまだー。」と言っている人が道にいっぱいいる。携帯電話サービスらしい。
*酸素薄い上に廃棄ガスがすごい。
*ローカルの暮らしはかなり低い。
*寒い。
*中央域は外人で埋め尽くされ、パーティータウンといなっている。
*宿は死ぬほどある。
*ドルは少しでも切れ目などの劣化があると交換できない。
*外人からはぼってもよい。
*高山病は死ぬほどしんどい
そろそろ旅も終盤に向かっております。
**2月27日**
恐るべし高山病
朝起きると最悪の体調…
頭が痛い、気持ち悪い。
これが高山病というものか…。
とにかく死にそうにしんどい。
死にそうな頭で考える。
高山病は山を降りれば治るので
「今日のリマ行きの便でリマに帰ろうか…。」
そして逆に言えば、山を降りなきゃ治らない。
「いや、チケットの手配する気力も体力も酸素もないね…。」
それで、持参したイブプロフェインを飲んだ。
寝ると呼吸数が減るので良くないらしいが、
こんな状態で起きているのは拷問。だから寝た。
結局午後の2時まで寝た。
頭の痛いのは良くなったが、全体的に弱々しい。
弱々しいながらも腹減ったので、市場で飯でも食おうと外に出た。
が、2ブロック先の公園で挫折して道端で売っていたパンを買い食い。
帰りの体力を蓄えるため、その公園で1時間程休憩した。
観光なし!
ということで、クスコでは全く観光はしなかった。
教会も見てないし、遺跡もみてないし、
剃刀の刃さえも通らないという有名な石組みも見てない。
チケットを買いに行った駅で、
空港から乗ったタクシーの運ちゃんに発見され、
それならと、おっちゃんのタクシーで宿まで帰ってきたけど
道中車を止めてまで、いらん観光を進められた。
最後には「お願いします!わししんどいねん!死ぬっちゅうねん!」
(と、変な関西弁では言わなかったけど)
と半切れになった。
するとおっちゃんは外人は高山に弱いということを無理やり納得し
かえって同情さえ見せた。
ご飯、麺類は最悪
ペルーでは、イモ、ご飯、パン、麺、の順で主食となっている。
しかし、クスコではご飯が最悪。
なんちゅうか、こう食感が「ぬるま湯に半日浸して料理しました。」
という感じなのだ。麺も同じくそう。
初めて食べるとかなり気持ち悪い。
最初に食べたのは、きったない市場だったし
スープつき定食を1ドルしない値段で食べたので、
安かろうまずかろうなのかな?
と思ったが、きちんとしたレストランでもそう。
たぶん高山なので炊けないんだろう。
その代わりというのか、野菜はシャキシャキと茹で上がるようで、
レストランで食べた野菜が旨かったので、現地の野菜かと思って聞いたら
ただのほうれん草だった…。
クスコ雑感 1回目
*道端のパン(パイ生地で中に微々たるチーズ入り)がうまい。
*「やまだー。やまだー。」と言っている人が道にいっぱいいる。携帯電話サービスらしい。
*酸素薄い上に廃棄ガスがすごい。
*ローカルの暮らしはかなり低い。
*寒い。
*中央域は外人で埋め尽くされ、パーティータウンといなっている。
*宿は死ぬほどある。
*ドルは少しでも切れ目などの劣化があると交換できない。
*外人からはぼってもよい。
*高山病は死ぬほどしんどい







