今日のわし
サンフランシスコに住む、どうと言うコトのないわしの日記です。
弱く苦しく間違っても
最近のわしは、
全否定モードのわし。

Kさんのwake(お通夜)に行ったのだが、それはタイヘン苦しかった。
当たり前だが、とても重々しかった。

みな当たり前のようにお棺の前に行き、
(Open casketと言って、顔を見る事ができる)
最後の別れやら、お祈りやらしていたのに、
わしはめっちゃびびって、そばに行けなかった。
中途半端な距離からKさんを眺めて、引き返した。
着いた途端に帰りたくなった。

元気なころのKさんの写真がスクリーンに映し出され、
婚約者との楽しげな写真とか、もう勘弁してくれーーーー。
っていう設定だった。
彼は婚約しており、家も購入し、2週間後には誕生日だったのだ。

みなそれぞれにKさんとのお別れを悲しみ、苦しみ、
受け止める作業をしていたのだ。

わしは、親しさが中途半端だったからか、
それとも何か他の事が気になるのか、
はたまた初日のショックですべてが終わったからか
非常にこの苦しいく悲しい作業をしたくないという感情に襲われた。

そして、なんと今まで親しかった人の葬式とかお通夜とか
すべてブッチしてきたことをとても正しいと感じた。

そして翌日宣言した。
「わしは二度とだれのWakeにも葬式にも行かん。さよならも言わん!」

悲しむ家族には、わしらが大勢で見送ってあげるのが
なによりの慰めとなる、ということは100も承知なのだ。
が、しかしわしは勇気も礼儀も常識もない奴といわれても、
これからは行かん!
てか行けん!

なんでなん?
なんでこんなにびびるん?

もうどうしようもなく無理。
これまで行かなかった葬式、言わなかったさよなら、
全部全部ごめんだけど、これからも行かん!

ごめんじーちゃん、ごめんK君、ごめんキョウスケ、ごめんレット
ごめん、これから逝く人。
だからみんな逝かんとって。